●もくじ
○Mabinogi Wiki*編集談義について



Mabinogi Wiki*編集談義について(2009.9.15)
○ID:yAppPW氏(以下某氏)について
某氏の議論能力に難があるのは認めざるを得ない。
さんざん指摘されてきたことなので割愛するが、編集談義において要らぬ労力を呼ぶ人物であることは確かだ。 私ももう長いことwiki編集に携わっているが、wikiの編集談義は比較的冷静に、淡々と、目的と結果を見据えて行われる事が多い。
しかし今回の件や、
カセトノテ氏の件を見ていると、最近は事情が違うようだ。

しかし今回は批難の的である彼らより、それを取り巻く意見にあえて注目したい。


○編集ガイドラインについて
たとえば某氏への反対意見として、ガイドラインやサイトポリシーを未だに持ち出している人がいるが、これはいかがなものかと思う。
初期段階の提案でこれがあるのはしかるべき事だが、議論は既にそのガイドライン自体への問題提訴に及んでいるのだから、『こうする事に決まっている』という反論は的を射ているとは言い難い。

ルールは通常運営をスムーズにするためにあるものであって、不変であってはならない。
そもそも編集談義とは、ルールではまかないきれないイレギュラー的な問題を話し合う場ではないのか。

少なくとも私は、wikiで優先されるべきは管理人の決定>編集談義の決定>既存のルールだと考えている。

『いいやこの件は既存ルールでまかなえる』という意見はもっともだが、『ルールで決まってるから話し合うまでもない』という意見はあまりにも話を理解していないのではないだろうか。


○議論のありかたについて
カセトノテ氏の時と今回とで大きく違うのは、1スレ終了までで話が終わらなかった事だとおもう。
某氏が意図的にスレを分散させた事もあるが、批判的意見が集中したためスレの消化が加速したのが最も大きな理由だと思われる。
それを指摘するものも何人かいたが、依然同じ意見の繰り返しや、本題を逸れた検討が続いているのは残念だ。某氏の下手さばかりが目立って、己を顧みれなくなっている意見が多いといわざるを得ない。

もちろん、その中でも冷静な対処を呼びかけるものや、見切りをつけて別の方向から解決を試みるもの、おさまりを待っているものもいるのだが、残念な事に数の暴力の前にはあまり大きな力をなせていないのが現実だろう。

この件について検索してみたところ、2ちゃんねるに関係スレッドが立っていたが、そこにある通り、『2ちゃんねる化』している(悪い意味で)と感じた。

レスの数自体の多さもさることながら、一つ一つの内容の長さ(豊富さではない)が更に事態を悪化させている。
編集談義ではもともと長文レスが多くなるが、これは件に関して細やかな検討の結果であって、今回のように別々の人物が同じ事を繰り返し言葉を変えて叫び、前後の把握をしないことによる長文化は害悪以外のなにものでもない。
編集談義はその議題がわかりやすく、流れが見えるべきであるのに、現状では述べるべき意見の取捨選択ができない(もしくは頭に血がのぼってできなくなっている)者が多いのではないだろうか。

また、某氏を初め、意見者や意見自体に対する批判が多くを占めているのも『2ちゃんねる化』の一つである。
意見に対して異論を述べるのは議論だが、批判に走るのは『叩きあい』である。意味がない。
それこそ情報量の無駄であるし、そんな“ひとりごと”は周りを不快にさせるばかりか、叩きたいだけの外野を呼ぶだけである。

私は今回の件では、某氏よりもむしろこの批判組(仮称)に対して憤りを感じている。もちろん、誰しも人間なのでそういう時もあるだろうから自戒の意味もこめて。


現在は某氏が主導以外の議論展開もあるが、スレの内容を全く整理しておらず、たとえ新スレを立てても新しい参加者への考慮がされていないため、次第に閉じた議論となる事は必至である。

日頃参加者不足に苦しむ一部編集者達により、この危険性も指摘されているが、某氏も含め、現在議論に参加している人間には残念ながら届いていないようだ。

※2ちゃんねるにも建設的な議論スレッドや和気藹々としたスレッドもあるのでそれら全てを否定する意図はない。念のため。



○今後への期待
勃発当初から管理者に聞くべきという意見はでていたが、ここにきて漸くそういった動きがでてきた。
管理者の返答が事態を収束に向かわせる可能性にも期待しているが、これまでの管理体制を考えると、おそらく完全にはおさまりきらないのではないだろうか。

管理者の管理方針を否定するつもりはないが、今回の件では管理者が統治してしかるべき点に幾つかの難点が見つかっており、何れにせよなんらかの対応は求められる事になるだろう。

それを受けて編集者は改めて仕切りなおすべきであるが、返答を待つ間にも上で書いたような建設的とは云い難い議論が続けられている。

今後も議論に参加するであろう彼らには、議論の目的と公開性を意識した建設的な議論に臨んで欲しい。

そのためにもまずは、相手をねじ伏せる事に意味はないという事と、多くの新鮮な意見を取り込む重要性に気付いてほしい。